この問題は今日でおしまい。一区切りつけられたから書きます。

こんにちは、オカダマキコです。

久しぶりに落ち着いた気持ちでパソコンに向かってブログを書いています。

本当なら真っ先に、全力疾走した2月のこと、そしてクライスラー・ジープ堺のオープンのことを、応援してくださったみなさまに写真とあわせて丁寧にご報告すべきところなのですが・・・

SNSで発信しなければ存在しないのと同じ。

まさにその「存在しない」状態だったここ一ヶ月。
ながらく不在にしていたSNSで、ご無沙汰をしていた理由と今の気持ちを大切な人たちに伝えることが先!と感じたので、それ以前のレポートは明日以降の宿題にさせてください。笑

※クライスラー・ジープ堺のオープンについては、すでにたくさんの方が個人のSNSで、また公式ブログでも、楽しく発信していただいています(^^♪ありがとうございます。


楽しくて充実しているから。一家の大黒柱だから。
カラダやココロがものすごくしんどいときほど「立ち止まること」を(ほかの誰でもなく)私自身がなかなか許さず、ここしばらくの私は「正直な気持ち」を完全に見失ってしまっていました。

昨年の夏の終わりごろから、ちょっとした体調不良と、家族内で不協和音を感じることがありました。
それでもそれなりに、一見家族仲良く、そして元気にやってこれたのは、家族には家族の「家族以外の社会」と、私には私の「仕事」という楽しみが、それぞれにあったからです。

家族にとっても「家族以外の社会」は事実とても楽しく、彼らの大半を占めてはいたのでしょうが、生活スタイルの変化に伴い、「家族」のコミュニケーションは日々不足していき、それに比例するかのように、ベースである「家族」のバランスは大きく崩れつつありました。

特に1月後半以降は、忙しい(=問題に向き合う時間がない)ということを自分のなかで理由づけして、家事も、家族の状況も、気になっているのに(気にするとまた情報に追いつけないことにストレスを感じてしまうので)気にならないフリをして、自己都合な放任主義を貫いて誤魔化していました。

結果、楽しく充実しているはずなのに、なぜかいつも後ろめたさがつきまとう毎日。
アンバランスな精神状態は体調にも顕著に表れはじめ、常に微熱と倦怠感が続きました。

もはやどうしたらいいのさえ、わからなくなっているにもかかわらず、周囲には「体調不良は更年期の前兆」と安易な理由づけをして笑ってやり過ごそうとしていました。(実際にそうなのかもしれませんが)

もやもやと見えない問題に向き合う(=向き合う時間を作る)心の余裕がなかったのです。

無理やりフタをしておさえていたけれど、中ではおそらくグツグツと沸騰していたような、
そんな危うい状況のなか、2月に新店オープンというひとつの大きなミッションを終えました。

無事にオープンして、たくさんの方が笑顔で居てくれて、嬉しかったです。(そのことはまたあらためて)

その達成感と疲労感で、しばらくは全く起き上がれなかった母と、どうしても言わなくてはいけないことがあったのに(そんな姿の母に)声をかけられず、大切なことが言えなかった家族。
お互いにホッと気を許したある日、些細な火種から、ついに大爆発が起きてしまいました。

20160301


「子供の成長とともに会話なんてなくなるものよ」。
「家族」のバランスが崩れたのは、いかにも成長した彼らの生活環境が原因かのようにふるまっていましたが、自らの楽しさと充実感に逃げて、家庭を一切顧みなかった私が大きな原因であることは誰の目から見ても明らかでした。

でも、私はそれを認めず、自分を正当化して、家族をとことん責めました。
なんということ!!(><)

もやもやしすぎていて、自分でも全く気づいていなかったのですが
「家族」よりなにより、「私自身」が激しくバランスを崩していました。

自覚して、混乱しました。
自分がどうすれがいいのか。自分がどうしたいのか。
誰に相談したらいいのか。誰にきいてもらえばいいのか。

仕事を辞めたらいいのか。家族と離れて暮らせばいいのか。
白か黒かの極論ばかりが頭をよぎりました。

本当に悲しくて、本当に不安で、本当は大声で泣きかったこと。
そしてこれはちょっと醜い感情ですが、悔しいこと、さみしいこと。迷っていたこと。
いろいろなことにうっすら気づいていながら、気づかないフリを続けてしまっていたこと。
それらを長い時間、誰にも言えませんでした。

と書くとものすごくさみしい人のようですが(笑)
誰にも言えなかったことが問題というよりも、あまりにもこの問題をゆっくり考える余裕がなくて、いろんなもやもやが絡まってうまくいかなかった。それだけのことでした。

爆発して、申し訳なかったんだけど、すごくスッキリしていたのも事実。

声に出して言いたいことがあったんだと思い知らされました。


振り返ると、私は実はまわりの人たちにとても恵まれていて、とても幸せなのだということにも、今回の爆発で改めて気づくことができました。

私より先に私の不調に気付いて、声をかけてくれる仕事仲間に。
(ケンカしても卒業式は行った方がいいよ!とか、再婚したほうがいいよ!とか。ほんま泣けました。)

SNSに登場しない私の不調に、本当は気づいているけれど、そっとしておいてくれるお友達に。
(時々ほりこんでくる笑いにどれだけ救われたか)

失礼な言動と足りなかった感謝を謝りに行ったのに、「謝らなくても、わかっているよ」と最初から受け入れ許してくれている両親に。

そしてなにより、いい年をしていまだ未熟な親である私に、謝るタイミングよりも先に「寒いからコタツ入ってあったまり」と言ってくれた息子たちに。

本当にありがとう。。

助けてもらってばかりで、いつもどこか引け目を感じていました。焦っていました。
ありがとうって心から思っているのを、どうして表現して、どう恩返しすればいいのか、わかりませんでした。

美味しいケーキを送ってお礼をしたつもりでしたが、きちんと想いと言葉を尽くさなかったばかりに逆効果となり、絶縁状態にしてしまいました。焦っていました。

でも、爆発した余熱が冷めてきた今、こうして文字にしながら、気づきました。
誰ひとり、恩返ししてほしくて支え見守ってくれているわけではないよね。

誰もが人に助けられ、支えられ、救われ生きているのであれば、私もなにかのタイミングで、誰かの助けになり、支えになり、救いになれることもあるのでしょうか。
そうなりたいと思っています。なれたら嬉しいです。いつもそうしてくださった人たちのように。

仕事も家族も大切なら、まずは自分と自分の時間を大切にして、よりバランスをとっていかないといけないことを、改めて実感しました。

バランスを崩してしまっていたばっかりに、正直な気持ちや自分自身の状況に向き合うことができませんでした。

今回のビッグバンは、つらかったけど、いろんな人にもいっぱい迷惑をかけてしまったけれど
いろいろなことに気づけて、よかったのだと思っています。


そして、このことは今日でおしまい。そう一区切りつけられたから書きました。

長くてきっとだれもここまでは読めてないと思うけど、私自身がいつかこの記事を読んで振り返って笑えるといいんだけれど。

明日からはまた、コツコツためていたネタを放出していこうかと思っています。
楽しいことをいっぱいストックしていたのにどうしても発信できなかったのは、その発信のなかに一片の不安な気持ちが紛れてしまうのが…いやだったんですね。きっと。

そして…何年ぶりかな。
大好きな読書を再開させ、数日前からすっかり「本の虫」になっています。
ビジネス書より小説。
夢中になれるものがない!と嘆いていたけれど、本が好きだったことを思い出せてよかった☆


最後に。

ぶつかることを恐れたり、不安になることなんてないんですよ。
親子なんですから。それくらいがちょうどいい。
起こる出来事は必ず意味があり、その人を成長させるから一切が有難い出来事なのです。

同じような環境で、同じように生きている(彼女のほうが何倍も強くて素晴らしいのですが)
とあるあたたかい人が送ってくださったメールから一部引用させていただきました。

IMG_3307
大切な言葉なので、もちろん手帳にも書きました。

成長した我が子、見守ってくれている親兄妹との行き違いや、ぶつかることへの不安、迷いで途方に暮れている方のために、いただいたこの言葉を共有します。

嘆いていた自分が恥ずかしいくらい・・・人はみんな優しいですよ。
ちゃんとしないと!さん(←だれ?w)も、時々は甘えてみてもいいんだと思います。

ではでは、明日からはまた元気に更新したいと思いまーす。


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オカダマキコ
40歳で初の自動車業界へ転職。主にマーケティングとロジスティックを担当しています。ほぼ年下の先輩方のご指導のもと、楽しく「くるま屋さん四年生」やってます♡プライベートではふたりの息子&ミニチュアピンシャーの女の子と一緒に大阪の東のほうで暮らしています。シングルマザー歴17年超。プロフィールはこちら